以前、化粧品メーカーの中国における新ブランド立ち上げを支援したときのこと。
日本本社のブランドマネージャーに現場を理解してもらうため、中国各地のショッピングモールや化粧品専門店を回った。
ブランドマネージャーは、単に見るだけでは飽き足らず、具体的な意見が聞きたいと言う。
そこで、当初予定していなかったのだが、現場のビューティーカウンセラーに話を聞いてみることとなった。
ブランドマネージャーは、中国語を話せない。
そこで、彼女が商品の特色等を説明した後、私が通訳しながら反応を見る形をとった。
当時の私はまだ中国語を勉強し始めたばかり。
四苦八苦しながらも、事前に覚えたアイライナー、マスカラといった単語を必死で思い出しながら伝えていった。
さて、アイメイクに関する質問が終わり、次はリップの話題に移った。
ブランドマネージャーのリクエスト。
「このリップの特徴は、とにかく『ぷるっとした唇』になるんですよ。そう伝えてもらえませんか?」
私は固まった。
そもそも擬音語自体、言語によって異なるので、翻訳が非常に難しい。
それでは意訳すればよいのか。いや、それではイメージは伝わっても、ニュアンスは伝えられない、、、
私は、「湿っている」、「弾力がある」、「潤っている」、等の単語を繰り返していくが、現場スタッフは首を傾げたまま。
結局、時間切れとなり、次の質問へと移ることとなった。
最近、ふとその時のことを思い出した。
中国人の女性スタッフ二人に、私はあの時どう翻訳すればよかったのか、聞いてみた。
日本語が堪能な二人のはずなのに、顔を見合わせる。
翻訳できないというよりも、どうやら中国では、ぷるっとしているかどうか自体を気にしていない、ということのようだ。
私が翻訳できなかったのも、無理もなかったようだ。
いや、翻訳できなかったこと自体に、大きな意味があった。
「ぷるっとした唇」を訴求すること自体、中国では効果が無かったのだ。
・・・ちなみに、二人がしばらく考えて出した答えは、「水潤嘟嘟唇」。
「嘟嘟(dudu)」というのは、口をすぼめておちょぼ口をしている状態。
たしかに、「ぷるっとしたくちびる」に近いかもしれない。
それ以上に、中国人の「00後(2000年代生まれ)」がそのような顔をして自撮りしている姿が思い浮かぶ。
不思議と、ターゲット像や利用シーンも定まってくるようだ。
キャッチコピーのような言葉からも、「世界」は見える。
軽んじられることが多い通訳にも、消費者の世界を理解するヒントがある。
少々大げさかもしれないが、そう言いたくなる出来事だった。
このシリーズでは、oririのコンサルタントが、日々のプロジェクトの中で書きつけた「気づき」を、思考のプロセスごと、できるだけそのままの形でお届けします。コンサルタントはどのような視点で見つめ、思考しているのか、資料やプレゼンテーションに加工される前の「気づき」という考えの種から、「あたらしさ」のヒントや「らしさ」を見つめなおすきっかけが見つかるかもしれません。
ご参考)経営を、「らしく、あたらしく」。Originality開発の方法論